Kozuのライフログ

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六曜と人権と七曜

職員手帳に六曜記載「人権配慮欠く」 - nikkansports.com 社会ニュースより。
大津市職員互助会が昨年末に発行した05年版職員手帳に「大安」や「仏滅」などの「六曜」が記載されていたことを、人権団体が「不適切だ」と指摘、発行済みの約3800冊を近く全面回収することが11日、分かった。
人権に関し、深く考えたことがないのか、このニュースを読んだときにあまりピンとこなかった。なんで不適切と考えるのか・・・・少し調べてみた。篠山市人権・同和教育研究協議会「暮らしの中で  差別と迷信」より。
労働金庫が顧客の会員や職員に配っている手帳とカレンダーの本年版から、ある一つの表記が消えた。(中略)結婚や葬儀などの日取り決定の際に使われる「六曜」である。 (中略)そんな六曜迷信に起因する習わしに対し、小林さんは「根拠のないものに束縛され、友引に葬儀を出したりすると、人間関係にも影響を受ける。何より、意味も考えず迷信を受け入れてしまうことが、いわれのないさまざまな差別を温存させる土壌となっている」。弊害を説き、削除を求めた。
ここまで読んでも、今ひとつはっきりはしない。しかし、その小林さんはこうも言っている。
六曜イコール差別というわけではなく、また単に外すだけでは意味がない。迷信と差別の因果関係を考え、生活意識を変えていくきっかけにしたかった」。
その先を読んでいくと、科学的に不合理な迷信をうのみにして行動までを決めてしまうことは、あらぬ噂などをもとに人を差別することと、元をたどれば同じなのだということが書いてあった。(うまく言えないが、もともとのページをよく読んで欲しい。)生活意識を変えていくきっかけにするという目的であれば、六曜を削除すると言う主張も納得できる。 確かに言い得ていると思う一方で、「では月、火、水、木、金、土、日という七曜をなぜ手帳にのせることに疑問を抱かなかったのだろう」とも思う。科学的には特に意味をもたないし、人がただ作っただけのもの。なぜ日曜日が休みなのでしょうね?なぜそのようにみんな行動するのでしょう。